2016年7月14日木曜日

自己の人生


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1993年6月号)

自己の人生


 『もう一つの人間観』の著者、和田重正氏がこの世を去った。私は故人が著作を開始する直
前から今日まで三十年間、身近に縁をいただき、二十冊近い著書の出版に関わる一方、最も盛
んに活動した前半の二十年間には特に研究会、講演会を通じて多くの教えを受けた。彼の世界
観、人生観の最も表現の豊かな時期に身近に接し得たということは幸いであった。
 人間の生き方についてもっぱら個の問題に中心を置いた生活をしていた彼が、世界を破滅に
陥れようとしたキューバ事件をきっかけに、個と全体の問題に積極的な提唱をはじめた時期が
ある。その頃彼は自らの人間観を独自な方法で表現しはじめている。その頂点が主著『もう一
つの人間観』の原型「人間についてのメモ」である。二十枚ほどのこの短いメモを要約すると
次のようになる。“人間は宇宙誕生以来、無限の彼方から選択してきた成功体験を宿している。
決して間違えることのないこの大きな智慧と、個の保存の道具として間違いを犯しやすい大脳
の存在、この二つの特性を「人間の二重構造性」とよぶ。そして大脳のもつ特徴的な能力は、
実は宿った智慧の活用にある。それは大脳の自己否定と、それをもう一度否定するはたらきを
体得することで実現される”
 ある時、彼は座談会の席上で参会者の一人から「和田先生のおっしゃることは釈尊の教えに
よく似ていますね。仏教を相当勉強なさったのですか」と尋ねられ、「私は仏教はあまり勉強し
ていません。私の言うことに釈尊の説いたことが似ているのでしょう」と真顔で答えた。その
情景は、自己の人生を生きることへの励ましとして、今でも強烈な印象で残っている。(MM)
                         1993年6月10日発行

(次世代のつぶやき)
大脳の自己否定、それをもう一度否定する“はたらき”といっていますが、この“はたらき”が、味噌です。微妙ですが、大脳の活動を止めて天命に従えということではない。そういう智慧があるのだということを、大脳が自覚すればいいのでしょう。
一昨年出した『葦かびの萌えいずるごとく』と『もう一つの人間観』『母の時代』を順番に読むとこのことがはっきりわかります。
(2016年7月6日 増田圭一郎 記)