2016年6月10日金曜日

癒し


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1991年12月号)

癒し


 旧友Tさんの母上Mさんが亡くなられた。享年八十一歳であった。その家族の愛情に包まれ
た静かな死に、私は今深い感動を覚えている。
 Mさんは三年前に胃ガンと診断され、あと一年の命と宣告されたが、Tさん兄妹は本人には
知らせず目立たぬ看護を続けた。そのことが母上の病の進行をくい止めていたのであろうか、
Mさんは畑仕事、家事、知人親戚とのつき合いなど、病人とは思えない生活を三年間送った。
ところが、この七月になって急に食欲がなくなって寝込む状態になった。Tさん兄妹の更なる
手あつい手当の甲斐あって小康状態が三ヵ月続いた。そして十月初めになって、今まで嫌って
いた入院を、小さな病院ならと、Mさん自ら希望し入院することになった。
 いくつかの病院に断られた後、Tさんの願いを受け入れてくれたのはO医院であった。すぐ
上の階に院長の住まいがある角部屋の気持ちのいい病室が与えられ、その窓からは夕景色のき
れいな山々が眺められた。Mさんの病状はもう時間の問題であった。O医師は患者や家族の話
をよく聞き入れて、強力な治療を避けてくれた。親戚知人の見舞いの時期を助言し、家族の看
護の環境を整えてくれた。そうして入院一ヵ月後にMさんは安らかな眠りにつかれた。
 Tさんは心のどこかで早い時期にもっと良い治療方法があったのではないかと思いながらも、
この医院においては必要かつ充分な加療が施されたと感謝の念を抱いている。
 そして家族にしかできない細やかな看護を最後まで妨げなかった医師の配慮は、患者や家族
に真の癒しを与えたと私は感じている。(MM)
                         1991年12月10日発行

(次世代のつぶやき)
千島学説研究会で、ガンの患者やその治療にあたる医師、ケアをする方々の話をよく聞きます。
ターミナルケアやスピリチュアルケアは、今後ますます必要とされるのと同時にさまざまな取り組みが始まっています。
2025年問題といって、高齢者の介護がオーバーフローしてくる時代に向けて、小さな診療所で往診をされている先生方を中心に在宅介護の新しい取り組みが始まっています。

(2016年6月10日 増田圭一郎 記)