2016年6月14日火曜日

待つ


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1992年2月号)

待つ


 東京の神田駅前の横断歩道は、信号が青に変わった時にはすでに歩道いっぱいに人が歩いて
いる。青にならないうちに渡り切らないと気分が悪いという人がいるくらいだ。もう三十年以
上前になるが、よくはやっている饅頭屋があった。店に入ると、すぐ饅頭が追いかけてきて、
客を追い越して客より先にテーブルに置かれる。その勢いにおされて、口の中がやけどしそう
になりながら、熱い饅頭を食べる。だから客の回転はすこぶる早かった。今でも神田には、二
階の客の状況をテレビで見て、待ち客を上へ下へと回しながら寿司を握っている店がある。客
を回転させるために酒は1人1本以上出さない。
 日本は忙しい国だ。なんでもテンポが早い。
 欧米へ行くと、空港の受付などでは、みんな実にのんびりと順番を待っている。カナダであ
る催し物に参加した時、前で受付手続きをしていた中年のご夫妻が、受付嬢に愛犬の写真を見
せて自慢話をしていた。受付嬢も負けてはいない。自分も愛犬の写真を取り出して説明を始め
る、といったぐあいだ。犬とは全く関係のないイベントで、まして長蛇の列になっているのに
である。やっと私の番がきたので、無駄話の隙なぞ与えないぞと思って臨んでも、そんなこと
はおかまいなしに受付嬢は「そのカメラは日本の最新のものか、いくらするのか」などと次々
と質問してくる。そのようなことを何度か経験するうちに、最近はそのペースに慣れてきて、
手持ちの土産話を披露することができるようになった。もともと待つという時間の存在自体が
あやしい。待つという感覚がなくなったとき、創造の時があらわれてくる。(MM)
                         1992年2月10日発行

(次世代のつぶやき)
Watched pot never boils.見られている鍋は沸かない。英語のことわざですが、そのとおりですね。目をそらしているといつの間にか沸いているのに、待っているとなかなか沸かないような気がする。人間の感覚は不思議です。
子どもの成長もイライラさせられることがままあるけれど、いつの間にかできるようになっているんだよな。
(2016年6月14日 増田圭一郎 記)