2016年1月8日金曜日

認識方法


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から巻頭言を毎日1編ずつ掲載していきます。



(月刊「湧」1986年8月号)

認識方法


 東洋の文化と西欧の文化との間にある認識方法の違いに驚かされることがある。ことに医学
の世界ではこの違いが顕著で、治療を受ける側では戸惑うことが多い。
 私事に瓦ってしまうが、ひと昔前に私の妻が胃ケイレンにおそわれたことがある。その時妻
は妊娠の初期にあり、何としてでも投薬は避けたい時期であった。幸い近所に希代の名医で東
西の医学に通じた間中喜雄氏がおられ、氏の鍼術を受けることができ、たちどころに激痛がお
さまり薬なしで完治し事無きを得た。この時の鍼治療はまるで手品を見るようで、そこで味
わった不思議さと喜びは忘れられない。
 生命への認識方法が違う東と西の医学の問には、同じ症状でも治療の方法に大差がでるのは
当然であろう。我が身の治療として東西の医学どちらを選ぶかは難しい、ときにはいのちがけ
の選択となる。だが思想を比較する具体的な材料として見れば興味は尽きない。
 ところで医学に限らず東洋的認識方法は、合理的計量的思惟に乏しいので近代の価値観と相
反する面が多い。また管理しにくいので政治からも学問からも敬遠されがちである。かつて西
欧のある歴史学者が、東洋の歴史に「無能」というレッテルを貼って、論議を呼んだこともあ
る。
 しかし、最近この流れが変わり目ざとい人々が東洋は知恵の宝庫だと気づきはじめた。
 この宝庫を掘りあてるには鍬はいらない。自分自身の認識方法を疑うだけでよい。(MM)
                               1986年8月10日発行

(次世代のつぶやき)
先日、帯津良一先生のお話を聞く機会がありました。先生が初めて中国に行ったきっかけは、鍼麻酔に興味を持ったからだそうです。肺ガンの患者を、麻酔薬無し、鍼麻酔だけで切除したのを直に見て驚いたそうです。
今年後半に、帯津先生の監修による健康シリーズを刊行する予定です。東洋の知恵をしっかり取り入れて、西洋医学も唸らせるものにしていきたいと思います。
(2016年1月8日 増田圭一郎 記)